世の中は東日本大震災から一年で感慨深いところだが、我が家では2011年3月17日の火事から一年というのが感慨深いのである。書いてなかったが、一年経つと記憶も怪しくなっているところもある。忘れてはいけないという意味で記録しておくことにしようと思う。

このブログでの記録では、2011年3月16日に「エレクトラ」、3月17日に「ザッツ★マジックアワー ダメ男ハワードのステキな人生」、その同日に「とんでもない目に遭った」という投稿をしている。このとんでもない目というのはもちろん火事のことだ。翌3月18日に「スナッチ」の投稿がされているが、実はこれらはすべて予約投稿によるものだった。実際に3月17日や3月18日に書いたものではない。「とんでもない目に遭った」については後日、過去の日付で投稿したものだ。
そしてここで投稿が途絶え、ようやく4月21日になりブログを再開できた。これらの映画についても実際に観たのは火事に遭う前だったと思う。記憶を頼りに書いている。実際に新しい環境で映画を観たのは「セブン」や「ゲーム」のあたりである。確か新しい家にやっと落ち着いたときに、とにかく何か映画でも観ようってことになり、なんでだかこの映画を借りた。

当時の状況はというと(今もそうだけど)、俺は前の会社の知り合いと会社を立ち上げていた。それで他のいくつかの会社のお手伝いをしたりして割とノマドな働き方をしていた。身分としては会社員になるけど束縛されてなくてフリーランスみたいな動き方。だから朝早かったり夜遅かったり不規則でもあるが、そのかわり子供の送り迎えやらに対応しやすい状況。昼間でも家にいたり。

ほぼ一週間前の3月11日に、ご存知のとおり東日本大震災があった。この発生当時も俺は家にいた。本当は打ち合わせの用事があったのだが、直前で子供と嫁がインフルエンザを発症して、俺もかかってる可能性があったので人がたくさんいるところへ行かないよう自粛したのだった。そんなときに地震。特に家のなかでは大変なこともなく、モノが倒れたりといった程度。怪我もなく。帰宅難民にはならなかった。

それで3月17日。夕方18時頃だったと思う。俺はリビングでゲームをやってた。嫁と子供がお風呂に入って、あがって、皆がリビングに集まって子供はご飯を食べだした。そのとき。

リビング横の廊下からドカーン!と大きな音がした。本当にドカーン!という感じの音で、最初に聞いたときに瞬間的に考えたのは「地震で何か脆くなってて、天井が落ちてきたのか?」ということだった。それくらい、大きな音だった。廊下をはさんだ隣の和室の天井が落ちたのかと。
何だ何だ?と廊下に出てみると、和室の天井は落ちてない。廊下の奥の脱衣所が暗くなっててそこに火が見えた。
意味がわかんなかったが、何か出火してるらしいことはわかった。脱衣所の隣の風呂場はそこからだと見えないが、風呂場が空焚きかなんかで出火したのか?というのが次に思ったこと。

それで脱衣所に入ろうと思ったのだが、ときどきパーン!という破裂音がする。で、これは後からわかるがヘアスプレー缶などが高温のため破裂してるのだった。破裂したせいでさらに壁や天井に飛び火する。でもそのときはスプレー缶だとはまさか思わずに、「なんか漏電してるのか」としか思わなかった。とにかく怖くてなって脱衣所に入れなくなった。

本当は脱衣所しか水場がないので、そこで水を汲んでかけまくるというのが理想なんだが、それが出来ない。で、まず思いついたのが簡易消化スプレーがあるということだった(消火器がなかった)。
台所から簡易消化スプレーを取ってすぐ戻って使おうとするが、うまく噴射できない。かなり焦ってたのか、後から思い返しても正しく使えてたのかどうかもわからない。うまく噴射できないのであきらめて、すぐに台所でボウルに水を汲んで消そうと思い立った。

でも水を汲んで走って壁にざっとかけるくらいでは、到底間に合わない。一往復した時点で嫁に「119(に電話)しろ!」と言った。その間にボウルに水を汲んでもう一往復した。でも火は壁のクロスから天井にむかって一気に燃え広がって、これは間に合わないと思った。

その頃、部屋じゅうが停電した。おそらく漏電でブレーカーが落ちたのだと思う。真っ暗になって、煙くって、これはヤバいと思った。それでとりあえず出口を確保しようとドアを開けた。で、このとき外も暗くなってたというのはあるが、俺の背丈のところは煙がまわってたのだ。ドアを開けても真っ暗だったのですね。それで焦って、思いっきり煙を2回ほど吸い込んでしまった。
このとき、これはヤバいと本当に思って、嫁と子供に「とにかく逃げろ!」と言った。俺は嫁が119に電話したかどうかもわからないので、和室に置いてあったガラケーだけ取りに行った。他のモノを持ち出すことはまったく思いもしなかった。

慌てて外へ嫁と子供らと逃げ出した。外には野次馬が集まってきてて騒然となってて、誰かが「消防車呼んだ!?」と聞いていて、嫁が「呼びました!」と叫んでた。すぐに消防車が到着して、消防の人に「あなたが住んでた人?もう誰も残ってない?大丈夫?」とか聞かれた。消防の人たちは火事場に突っ込んでいった。
気が付くと俺も嫁も子供たちも着の身着のままというやつで、3月でまだ寒いのだがコートとかはもちろん靴も履いてないのだ。そんなこと考える余裕はまったくなかった。「あー俺靴下のままだー」とか考えてると、知らない人たちが子供が可哀想だからと、自分の履いてる靴を貸そうとしていた。嫁が恐縮して遠慮していた。

そして俺はとりあえず近くに住んでる嫁の実家に電話しないとと思った。ガラケーで連絡した。その電話してる最中に、嫁と子供たちは救急の人にどっかに連れていかれるのを見た。俺も電話しながら別の救急の人に救急車に連れ込まれていた。どうも俺は煙を思いっきり吸ってることがわかったらしく、急いで調べるらしい。俺は「あの貴重品だけでも取りに行ったら駄目ですか」と聞いた。靴も履いてなくてガラケーだけ握り締めてるもので、どうにも参っていた。

で、救急の人が、とりあえず救急病院に向かいますと告げた。俺は自分では平気だったが煙を吸ったので調べる必要があるのだという。そのころ、義父(嫁の父)が到着し、救急車に同乗することになった。それでいよいよ出発するとなったとき、知らない人が「これ使ってください」とコンビニ袋をくれた。中にはスリッパとかが入ってた。嫁も子供らも俺も靴をはいてなかったから、どこかで買ってきてくれたのだという。びっくりして、お礼を言いまくってたのだが、あいにく相手の名前とかを聞かないままだった。本当に申し訳なく思う。

救急車が病院に着き、看護士に採血されて病室で検査待ちとなり、どうなるんだこれから…と途方に暮れた。警察の人が病室にやってきて、当時の状況を色々聞かれた。俺はこの時点でも、どうして出火したのかさっぱりわかってなかった。警察の人は、とりあえず明日の朝、現場検証になるので立ち会ってくださいということだった。

検査の結果では、大事には至ってないだろうとのことだった。ただ単に木が燃えた煙を吸っただけならたいしたことないが、何が燃えたかわからない混合した煙を吸い込んだ場合は、慎重に調べる必要があるのだという。それで調べてみても、そこまで致命的な感じではないから、いったん帰宅OKということにして、もし体調不良の兆候が出たらすぐに戻ってくること、ということで解放された。でもどこに帰るんだ?

財布も保険証も持ってないので、精算はどうするんだろうと思ったが、一週間以内(だったっけ)に再度精算に来てくれとのことだった。病院の出口で嫁の実家に電話をかけた。嫁と子供は救急車に乗ることなく、その場で解放されて嫁の実家に行っていた。
電話で知ったのだが、嫁が火事の現場に戻っていき、貴重品ぽいものや書類をピックアップできたのだという。俺の財布もあるという。ナイスだ!素晴らしい。というわけで、タクシーを拾い、嫁の実家に向かった。

とりあえず皆で顔をあわせて、ともかく無事で良かったということになった。嫁と子供はこの実家に泊まることとなったが、俺はひどい猫アレルギーで(この嫁の実家では猫を飼っている)、とてもここに泊まれない。俺はシティホテルに泊まることにする。

嫁が火事現場からピックアップしていたのは、多少燃えたが重要ぽい書類(ここには会社設立書類とか確定申告資料とかあった)、財布であった。
嫁が言うには、あの火事の現場にすぐ子供の学校の先生たちも駆けつけていたのだという。どうも子供のママのネットワークはたいしたもので、あの燃えてる家は誰それの子供のところらしいってのがババーっとまわるようだ。
あと、区役所の人も駆けつけていたという。こういう場合に備えて、緊急避難の場所を確保してありますから連絡してください、ということだった。連絡先をもらっていた。そうなってるんだー。ま、その区役所のその人は、そういう際に駆けつけるシステムになってるんだろうね。というか、そういうシステムを作ってあるのは凄いもんだね。

スリッパのままなので、ともかく俺も火事現場に行ってみた。もう野次馬もいない。鎮火して静かな状況になってた。消防の人が残ってて念のためにタンスの衣類をすべて表に出して消化剤をかけていた。許可を得て少しだけ入らせてもらった。もうほとんどが燃えて真っ黒だった。でもそれは壁と天井で、床に関しては燃えてはいない。灰をかぶってる感じ。下駄箱が表面は真っ黒焦げなんだが中身がわりと無事で、昔の靴をここで調達できた。

和室の床に置いていて延焼を免れたカバン(ここにネットブックとかイーモバイルとかハンコ類とか入ってた)をピックアップできた。ネットブックを救えたのが本当によかった。デスクトップPCは溶けていたのだが・・

それでシティホテルにチェックインし、親に連絡。あと仕事関係で重要そうなところへメール。本当にこの段階で、ネットブックとイーモバイルが生きていたのは大きい。あとガラケーも。それにGmailとDropboxの環境にしていたのも大きい。

明けて翌日の朝。現場検証ということで火事の現場に再び。その前に大家(最上階に住んでる)に挨拶して、階下の人は水浸しになったとのことでそこにも挨拶し、もう俺はどうなるんだろうって気分になった。

現場検証では俺と、マンションの管理会社の人が立会い、警察と消防の人がたくさんいた。俺は聞かれるままに何度も同じことを説明した。「この電気ヒーターは何?」「これは脱衣所にあったものです。風呂に入るときに寒いから嫁が脱衣所をあっためておくためのものです」「なんで玄関にあるんだろう」「わかりませんね」
「あなたが脱衣所で火をみたとき、どのあたりに見えました?」「このへんとこのへんですね」「電気ヒーターはどこにあったの」「この中央のところですね」「でもこれは火元じゃなさそうだなあー」


とかやってると、消防の人は「これはちょっと怪しいなー科捜研に来てもらおうか」とか言い出す。俺が怪しいのか?
やってきた科捜研の人は、若い大学生みたいな人たち。消防の人も警察の人も結構なオッサン。しばらく一時間くらいあーでもないこーでもないとかやってたかなあ。「ご主人、あなたタバコは吸うの?」「吸います。でも家の中では吸わないですが」

そういえば部屋は火元の脱衣所に近いところはどこも真っ黒焦げなんだが、和室の一部やリビングなどはまだ燃えていないところもあった。でも煙にまかれるとどれも駄目になってる。匂いがとにかく駄目だ。家電は溶けるんだな。テレビとか正面からみて普通だけど裏側のプラスチックがドロドロに溶けてたりとか。床面に近いのはまだ火を免れてる。ゲーム機器とか。でも匂いがすごい。これは拭いてどうにかなるものではないな。
スマートフォンは充電で繋ぎっぱなしになってたが、これをつけてみると点いた!え 生きてるの?とりあえず様子見。匂いがなあ。

しばらくして科捜研の人が「だいたいわかりましたので、説明します」と言い出したらしく、皆が脱衣所に集められた。しかしあらためて脱衣所とかトイレとか風呂とか、見る影もなく黒焦げなのであった。洗濯乾燥機は、買って一ヶ月足らずでドロドロに溶けました!

科捜研の人が説明するところによると、出火元はおそらく、洗面台の裏側だという。このマンションには洗面台が備え付けてあった。それは普通のよくある洗面台で、ドライヤーコンセントを取れるものだ。コンセントがあるためその電源をどこから引っ張っているかというと洗面台の裏の壁の中から直接とっているらしい。その壁の中、電線が一部細くなっているところが通電により熱をもって発火したらしい、とのこと。一番燃えている箇所とか色々みるべきところがあるらしく、脱衣所においてあった電気ヒーターでも風呂場でもなく、火元は壁の中だというのだ!

そんとき、俺もマンション管理人も警察も消防の人も、えー…と少し引き気味だった。それって住んでただけで火事になったってことじゃないか。
「この洗面台のコンセントに、電気ヒーターを繋いでいたのですね」「そうですね。そのときは」「ドライヤーじゃなく」「そうですね、電気ヒーターをつけてたと思うんですが、その電源はここからしか取れないので」「そうでしょうね、おそらくドライヤーとかだと長時間は通電しないですが、電気ヒーターを長時間通電したことで、この細くなってる電線が熱を持って発火したのでしょうね」

仮定の話だがと前置きして、科捜研の人は言う。一週間前の地震で、もしかしたら壁の中の電線も多少引っ張り合ったのかもしれない。そのときに細い部分が出来たのかもしれない。だからこれまでは電気ヒーターを使っても問題なかった。でもこれらは推測でしかない。証明はできない。ただ、ここがおそらく火元だろうというのはわかる。

警察の人とか消防の人が俺に言う。「外出してたり寝てたりしたときの出火だったら大変なことになってたね」まさにそうだ。まあ電気ヒーターをつけるっていうのは家にいたからだってことだが、それでも出火したときまさに全員家にいたからすぐに消防車を呼べたのだ。

ちょっと驚いてしまって、とりあえずマンション管理会社の人に言う。「これは、逆に俺が被害者だってことにならないのか?」「そう…ですかね、ちょっとこれは」「とりあえずどうするか大家かそちらか窓口決めてください」「わかりました」

とりあえず自分の部屋以外に延焼はしてなくて(浸水はあるが)、出火も俺の過失というわけでもなく、少し気分が持ち直してきた。
警察の人に、こういう出火元の分析について何か証明する書類は出してくれるのか聞いた。するとそういうのは出してないのだという。「わたしらのほうでは、この火事に事件性があるかどうかが気になるところなんですよ。放火とか過失とかね。だから後は話し合ってもらうしかないですね」

消防の人が言う。「これから罹災証明がいくつか必要になるでしょう。まずは罹災申告を出してください。何が燃えたいくつ燃えたどれくらいの金額だったという申告です」「燃えたものだけですか」「燃えてなくても例えば消化剤がかかってとか煙がついたとか、そういう駄目になってしまうのも含めてです」「でも衣類とか数えようもないし金額も証明できないのもありますが」「とりあえずざっと衣類何十点で何万円とかそういうのでいいです。どちらかというとざっとでもいいので急がないと。罹災証明があれば、火災に関するゴミということですべて処分ができますからね」

そして区役所に行き、緊急避難先のことを聞いた。担当の人が言うには、こういう火災とかのために区営住宅などの一部を確保しているのだという。とりあえず一週間(だったっけ 二週間だったかなー)は無料で住める。それ以降も何ヶ月かいることになる場合は、前家賃で(といっても相場的には数分の一なくらい安い)住めるということだった。どうしますか?と聞かれて、じゃあお願いしますということになった。このあと現地で待ち合わせましょうという。
それと区からこういうときにお渡しできるものとして、毛布が数点、タオルなど生活消耗品がひととおり。それから見舞金が少し出るという。でもこれはその場ではなく、かなり後でもらうことになる。

まったく土地勘がないところで区の人と待ち合わせ、とりあえず区営住宅というのを見た。これは…ちょっと想像以上にひどい感じだな。かなり長期間誰も住んでなかったのか、半端ないゴキブリの死骸とかネズミの糞とか。区の人も少し引いていて、まあ頑張ってくださいとかよくわからないことを言う。

とりあえずここに住むしかないので鍵を受け取る。下の人に挨拶にいった。でも眼をあわせない老人でコミュニケーションもまともに取れない感じの人。大丈夫なのかこの人。隣の人にも挨拶する。こちらも老人。どうも数年前に住んでた人以来で、その人も火事でここに来たらしいが、なんか酒癖が悪くてあばれて包丁をふりまわしたらしい。何なんだこのコミュニティは。

でもここに住むしかないのか。とりあえず掃除をしなくてはいけない。この時点で夕方近く。まだ火事の翌日である。この窓カーテンもないし布団も照明器具もない。ここに今日泊まるのは無理だな…
掃除をやれるだけやる。嫁に連絡して、ちょっと泊まるのは無理だと伝え、あと一日実家で我慢してと伝えた。俺はまたもやシティホテルに。

翌日は朝から掃除。子供は義親に見てもらい、嫁も一緒に掃除。とりあえず布団を買ってきて、照明器具を買ってきて、カーテンを買ってきて。
それと子供にはテレビがないとどうにもならないと、量販店に行ってとっても安いテレビをハードディスク付きで買ってきた。
火事現場からポータブルDVDプレーヤーをサルベージして、アニメDVDもサルベージして、とりあえず拭いて何とか観れるようにする。(このポータブルDVDプレイヤーも匂いがひどく、そのうち捨てることとなる)
服も何点か買う。服を買ったのは翌日だったかなー とにかくずっと同じ服を着てたな。

とりあえず泊まれるようにはしたけど、やっぱり子供らは走り回ったりして落ち着かない。下の人が何か言ってくるんじゃないかと気が気でない。あと古い建物ということからか、風呂とかトイレがなー少し使うのをためらってしまう感じで。

結局ここに泊まったのは二晩だけ。とても住んでられないと思い(いや気にしなければ数ヶ月いられる場所なんだろうけど)、すぐに物件を探し始めたのだ。不動産屋に飛び込んで、これこれこういう事情で即日入れる物件を探しているのです…と。

それで、運が良かったのかそこの不動産屋は親切で、親身に探してくれて大家にも急いで交渉してくれて、保証人とか契約書とか後回しで、とりあえず鍵を渡してくれた。
それで区営住宅のほうから新しいマンションに移動。でも布団とかテレビとかどうしようと思ったんだが、赤帽とかに電話してもすぐ繋がらず、しょうがないのでタクシーで三往復くらいして運んだ。

消防署へは罹災申告を出して、その写しとなる形で罹災証明を発行してもらう。これを保険会社やらに使う。
火事になったマンションのほうはというと、マンション管理会社の人は連絡してこず、不動産の人が連絡してきた。

火事になったこのマンションは、大家がオーナーで、分譲部分はマンション管理会社の管轄で、賃貸部分は不動産の管轄だという。それで窓口を統一してもらったところ、不動産の人になった。こいつは現場を見ていないのじゃないかと不安だったが、いちおうマンション管理会社とも連絡しており、今回は俺の過失による出火じゃないことはわかっているようだった。

俺の居室内の補償については、俺の賃貸契約時の火災保険でカバーすることになった。そしてマンションのリフォームに関してはマンションの保険がカバーすることになり、階下への水浸しについてはなんと階下の人の保険でカバーするのだという。この件はいろいろ不満はあったが、当時はバタバタして大変だったこともあり、とりあえず落としどころだと思った。
(そもそも、居室内の損失額を考えても保険でカバーできる範囲だったこともある。賃貸だしなあ。これ分譲で購入してたらどうなってたことか)

大家にしても不動産にしても、やることがすべて遅く(不動産の奴は、新しく住むところ紹介しますよ と言ってきたのは、俺が区営住宅を出て新しいマンションに移った頃のタイミングだった)、少しの誠意も感じられなかった。大家は不動産の人を通して「敷金はそのまま返します」と言ったらしく、俺は今回のことで引越しやら諸々ひっかぶってる。敷金だけの返金というのはありえないだろう、と伝え、最終的にそれなりの見舞金を出してもらった。

でも、このへんのこと、何も法的な根拠はないのである。例えば大家がそこで何も見舞う義務はないし、そもそもどっちの保険でカバーしてというのも話し合いなのだ。そこで折り合いがつかなかったら、民事で争ってねというのが警察や消防の意見である。
だから、俺はともかくも新しいマンションがさっさと決まってそこに新しい住環境を準備することが先決だった。保険のことはこちらが赤字を背負い込むことはなくなったため、それでよしとした。

量販店でやたら買う。考えてみればすべて一新なのだ。冷蔵庫から洗濯機から家具から何から。火事になった部屋から最終的に持ち込んだものといえば、ネットブックなど(カバンは捨てた)と、いくつかの衣類くらいだな(嫁がどうしても捨てられない子供の服とかを洗濯しまくったらしい)。デスクトップPCももちろんアウトで、ノートPCを買いなおした。
ただ、生活必需品やら含めて、今回Amazonと楽天にパラレルで何十件も注文を入れることになったが、それらの到着がかなり遅かった。まだ3月21日とか22日で、東日本大震災の影響である。カラーボックスが6個くらい到着しても、それを組み立てるための電動ドライバーが届いてなかったりとか。

保険は問題なくおりた。おりたのは4月に入って一週間くらいだったか。思いのほか早かった。これについては、保険会社が鑑定人を送り込んできて、火事現場で会って事情を説明し、鑑定人が鑑定した結果。

最終的に落ち着いたのは、4月の中旬以降か。あれも買わなきゃこれも買わなきゃというのが終わり、普通の日常が回りだしたのは。何度も火事になったマンションへ行き、サルベージしたなあ。ほとんど駄目だったけれども。

でもPTSDってほどじゃないが、火の気とか煙に過敏になってる気がする。嫁が魚を焼いてると子供らが部屋から飛び出してきて「火事の匂いがする!」と騒ぐし(最近はそうでもない)。俺も何かいつもと違う匂いがすると気になるし。

貴重品は床に近いところに置いておかないといけないと思った。高い箇所の押入れとかヤバい。真っ先に黒焦げになる。今回はすぐに消防車が来て消化してくれたけど、それでも居室内はほぼ真っ黒。床部分はススと消化剤でぐちゃぐちゃ。燃えなかった部分も灰が付着してどうにもならない。

ネットに関しても東日本大震災の影響で移行が遅れたなあ。NTTに連絡したら、とりあえず電話の移設もかなり日数がかかるし、フレッツの移行はいつ頃に出来るとも言えない状況だという。結局その間はどうしてたかというと、イーモバイルWiFiルータ化で室内でもモバイルインターネットという状況だった。

嫁のiPhone3GS(当時)は火事現場に置き捨てられたのだが、ちゃんと復活して動いた。俺のスマートフォンは火事翌日に救い出せたのは既に書いたが、これは後日具合が悪くなり、買い換えることになった。

いざ火事になったら、何かを持って逃げるとか何も思いつかないことを知った。靴を履くことすらできず、後から「あ、靴をはいてない」と思うくらいだ。ガラケーを握って逃げたのはたまたまだと思う。財布を持たなきゃ、とか、ネットブックだけでも、とか、少しも思いつかなかった。消火器があったら、というのは確かにあるんだが、今回の件は火元がはっきりしたことで、逆にあのマンションにはもう住めないと思った。もしボヤで自力で消化できたとしても、火元の原因をはっきりしないまま住むのはどうかと思った。

しかし一年経つのは、あっという間。