その十五 烏丸瑤子の話

ポイントとなる証言

ページ(文庫) 証言 解説
227 だけどさあ、私はあの子が死んで、週刊誌読むまで、あの子が二度も結婚していてさ、しかも子供が二人いたなんてこと知らなかったんだよ。
そんな親友って、ある?
さて、富本寛一関連のエピソードも終わった。小説としては富小路公子の人生終盤の、テレビ出演やクラブの話などが続くのだが、このコンテンツの主旨である「富小路公子の人生を時系列で整理する」の視点からは、さほど重要ではなくなる。
残りで重要なのは、「その十八 宝石職人の話」「その二十一 鈴木タネの話」「その二十五 尾藤輝彦の話」くらいか。
なので、さっさとコメント少なめで進めたいと思います。
234 「次は素晴らしい真珠とダイヤモンドを組合せたブローチでございます。富小路商会の社長さんが提供して下さいました。富小路公子さんです。綺麗でしょう?ブローチも、でございますよ」
あの子が立って、恥しそうに一礼して、私にも気まり悪そうに会釈して坐った。私は綾小路さんじゃないのが分って、富小路というのは、聞いたことないな、そういう苗字って昔からあったのかしらんと思ってね、ちょっと考えこんじゃったのよ。
富小路商会の社長さんが
富小路と名乗っているので、日本橋のビルが完成した後の頃だと思われる。
236 「でも偉いね、あなたみたいに若くて社長さんだなんて。宝石屋さん?」
「はい。いえ、宝石の方は余技でやっておりますけれども、レストランとか、いろいろ、まだ勉強中でございます」
「なんていうレストラン?」
「モンレーブと申しますけど、奥さまにいらして頂けるような立派なレストランじゃございませんわ。でも、近々拡張工事を致しますから、そのオープニングにお出まし頂けたら光栄ですわ」
近々拡張工事を致しますから

ということは、日本橋のビルを建てる以前から、富小路という名前を使っていたということなんでしょうか。

ここまでの富小路公子
※富小路公子の誕生日を1936年10月8日で確定し、死亡日を1977年10月8日と仮定しています。

時期 年齢 出来事 備考
丸井牧子とともに、算盤塾に通っていた。
尾藤家に出入りしていた。
貰いっ子である嘘をついていた。
小学生のとき。
1951年 14歳 鈴木君子の父が死亡。八百政をたたんで尾藤家に移る。 中学三年のとき。
1952年3月 15歳 簿記学校の夜学に現れる。  
1952年春頃 15歳 昼間、沢山の宝石店に働きに出る。  
1952年6月 15歳 簿記三級の試験。合格。
早川松夫に送ってもらう。
 
1952年夏 15歳 沢山と関係をもつ。
日本橋の中華料理屋で働きはじめる。
 
1952年秋頃 15歳 渡瀬義雄と出会う。 沢山栄次は簿記学校に現れなくなった。
1952年12月 16歳 渡瀬義雄との同棲がはじまる。
簿記二級の試験。合格。
 
1953年4月 16歳 渡瀬義雄との婚姻届を出す。  
1953年春-夏? 16歳 宝石を持ち込む。一部を残して売り、大内三郎に送ってもらい尾藤家へ。 エメラルド、サファイアのうちどちらかを残して売った。
尾藤家に行った理由は宝石返却?
1953年秋 16歳 このころ、長男義彦を妊娠。  
1953年冬 17歳 宝石店を辞める。  
1954年年明け 17歳 中華料理屋を辞める。 渡瀬義雄がアパートから出て行く。
1954年夏 17歳 沢山家を訪れる。
長男義彦を産む。
部屋の名札は「渡瀬公子」(渡瀬義雄)。
部屋は七号室。
1954年秋 17歳 中華料理屋で再び働きはじめる。 本郷のアパートに住む。
林梨江との付き合いがはじまる。
1955年年明け頃 18歳 麻布のアパート(渡瀬義雄のアパート)に戻ってくる。 義彦はすでに鈴木タネが預かっている。
養子縁組。義彦を鈴木タネの養子とした。
1955年春 18歳 このころ、次男義輝を妊娠。  
1955年春-夏? 18歳 麻布のアパートを引払う。  
1955年12月 19歳 次男義輝を産む。  
1957年春頃 20歳 尾藤家に再び出入りし始める。
宝石買取など。
エメラルドと翡翠が返ってこなかった。
1957年
-1959年
21歳
-23歳
簿記一級合格??

※時期的な根拠なし。21歳-23歳の時期の数年間が空白なため。

※もしくは17-18歳の頃に合格してるか

 
1959年 23歳 渡瀬家に乗り込み、狂言で服毒自殺を図る。
手切れ金として五千万円を得る。
渡瀬義雄と協議離婚。
1960年 24歳 日本橋の中華料理屋を購入。
フランス料理屋「モンレーブ」とする。
富本寛一と出会う。
 
1961年 25歳 富本寛一と交際。  
1962年春-秋? 25歳 富本寛一と結婚。 日本橋にビルを建てようと計画。
結婚して一月後には神宮前のアパートに住む。
烏丸瑤子と出会う。
1963年春-夏? 26歳 田園調布の富本家を新築。
日本橋にビルを建てる。
「富小路」の性を使い始める。
1963年秋-冬? 27歳 大内三郎と再会する。
ビル内の宝石店に引き抜く。
宝石屋を辞めて約十年後のこと。
林梨江にも声をかける。
1964年? 28歳頃? 富本寛一と離婚。 富本宮子・寛一親子は神田のアパートへ出る。
1965年 29歳頃? 長男義彦、次男義輝を田園調布に引取る。  
36歳頃? 尾藤家跡地にドリーム・ハイツが建つ。 土地は沢山不動産が買う。
38歳頃? 丸井牧子を訪問。バラの造花をプレゼント。  
1977年10月 40歳 早川松夫と再会する。  
1977年10月7日
(金曜日)
40歳 早川松夫と電話。食事の約束をする。  
1977年10月8日
(土曜日)
41歳 死亡。 二時以前の出来事。
夕刊に「虚飾の女王、謎の死」。
昼なのにイヴニング・ドレスを着ていた。