悪女について 連載時期

連載時期について

「悪女について」は、週刊朝日で1978年(昭和五十三年)3月から9月にかけて、連載された。
そして、同年9月発行として、新潮社より単行本が出版された。
その後、1983年(昭和五十八年)3月、新潮社文庫より文庫本が出版。

なぜ週刊朝日で連載していながら、新潮社より出版されるのか。
これについては、どういう関係性にあるのか調べきることはできなかった。普通、週刊朝日で連載されていれば、朝日新聞社より出そうなもんだ。
調べると、おりしも朝日文庫が昭和五十三年に発行開始しているのだ。単行本はさらにその前から存在しているのではないか?
有吉佐和子の著書であれば朝日側としてラインナップに加えたいものではないんだろうか。

これについて、何か事情をご存知の方は教えてください。

「悪女について」は週刊で連載されていたのだけど、同時にテレビ朝日にてドラマ化が行われていたようです。
(1978年4月?9月)

その事実は今まで知らずにいたので、かなり驚いたんだけど、作中の「モーニング・ショー」やその司会者など、実在の人物も登場しているようで、ドラマでも本人が出ているとか。

週刊朝日での連載時期は、まさにリアルタイムで架空のスキャンダルを追いかける構図になっていたのです。
そういう、メディアミックスものは、えてして失敗する薄っぺらい内容になりがちだろうが、この「悪女について」は今でもファンがいるくらい、秀逸な出来となっているのが素晴らしい。

(メディアミックス企画が先にあったんですかねえ?)

さて、富小路公子の死という事件を、取材して週刊朝日に掲載するという形態をとっているのだが、何度も読み返してみても、その「富小路公子の死」はいつだったのか?という謎が解けないでいる。

 

「富小路公子の死」はいつだったのか

さっぱりわからない。

連載スタート時の、1978年3月の時点で、富小路公子の死→様々な週刊誌が憶測を載せ→関係者はマスコミにかなりつきまとわれた→ほとぼりが冷めつつある頃 という雰囲気があるので、おそらく1978年3月よりしばらく以前であると思われる。

作中では、富小路公子の死んだ日について明示されていないと思うのだ。
「その日」の出来事については、色々と描写されている。「その七 大内三郎の話」では、大内三郎が富小路の死について連絡を受けたのがランチの後、二時であった、とある。
また、「その一 早川松夫の話」によれば、土曜日の夕刊に死亡記事が載っていたとある。(ここから事件が土曜日なのか確定はできないが、「その二十三 小島誠の話」の中でも事件当日が土曜日であったことが書かれている)

だから、土曜日の昼ごろに、富小路公子が死んだことは確定。
でも、その土曜日っていつなのかってことだ。

作中の証言から明らかなこととして、富小路公子(鈴木君子)は昭和十一年十月八日に生まれた(その二十一 鈴木タネの話)。
これが確定として、1976年(昭和五十一年)10月の時点で、40歳。
その一年後、1977年(昭和五十二年)10月の時点で、41歳。
連載スタートが、1978年(昭和五十三年)3月である。

作中で、しばしば「四十代とは思えない」という証言が出てくる。
ここからは私の推測になるんだけど、四十代という言い方なので、40歳ではないんじゃないのかなあと思ってしまうわけだ。

そうすると、41歳になった、昭和五十二年十月から昭和五十三年三月の間、ということになる。

ここでさらにおおざっぱな推測をしてしまうが、実は昭和五十二年十月八日、つまり富小路公子の41歳の誕生日が、土曜日なのである。
あまりに突拍子もないのだが、この日が富小路公子の死んだ日だとしたら、どうだろうか。

といっても、何も根拠もない想像なので、誰かわかる人いたら、教えてください。

 

昭和五十二年-五十三年

この時代のキーワード。

昭和五十二年:

青酸コーラ事件、王貞治ホームラン世界記録、失恋レストラン、津軽海峡冬景色、AppleII発売、田中絹代没、スター・ウォーズ、エルヴィス・プレスリー没、チャップリン没

昭和五十三年:

円急騰、サンシャイン60、キャンディーズ解散、宇宙戦艦ヤマト、蓮池薫さん行方不明、江川卓、ピンク・レディー、田宮二郎自殺